池袋エピソードⅠ

上京してから1月半が経った。1階がペットショップのマンションに住んでいる。めちゃくちゃ時間がかかったが引っ越しは終えてとりあえず寝床はすぐに確保できたし、本棚も買えた。明日届く。昨日は出しそびれたけどゴミの日は覚えたし、地下鉄の駅の順番ももう問題じゃない。こんなに整然と列ができるものだと思っていなかったけど駅のエスカレーターは今まで住んだところも左列だったから大丈夫。(本当はエスカレーターの列なんかこの世で1番どうでもいいと思っているけどちゃんと並ぶ。これは社会性だろうか。まだわからない。おれはエレベーターが好きだ。)あとはカーテンが揃えばひとまず生活環境が整うところだ。新しい部屋には窓が2つ付いている。

 

東京に来てから今日までの1月半にあったことはさておき、池袋のことをメモしておく。おれもシティボーイになるんや!と勇んで上京してきたが、池袋情報はPOPEYEに載っていなかった。

 

 池袋には中華料理店が多い。どういう背景でそうなっているのかはまだ知らない。北口がホットな土地らしいということは聞いているけど、西口方面以外にはまだそれほど行ったことがなくて情報が足りない。少なくともおれのいる西池袋、要町にはいわゆるチャイナタウンらしさはない。(ほんとうはきちんとした定義があるのだろうけれど)中華料理と中国料理との呼称の違いに自信がないのでとりあえずメジャーだと思うほうを採用して中華料理と言ってしまっているが、フカヒレや北京ダックではなく蕃茄炒蛋や青椒肉絲などどちらかといえば大衆的な料理で商売をしているほうの店だ。西池袋にはそういう店が多い。

 

住んでいるマンションの近所には2軒あり、そのうち家から遠い方によく行く。大学の近くといっても大学通りからは外れたところにあるから、他の客は働いていそうなひとが多い。山手通りに面して、出前用の原付が停まっている。「そんなに仲良くないけど話してみると案外いいやつ」みたいな味のスープとごはんが自由におかわりできる。定番のメニュー「特別サービスセット」は600円から800円だ。完全にお腹がいっぱいになる。

 

この店も中国の地名を冠している。そこの出身者が掲げた看板なのだろうか。それなりに年季が入ったメニューや内装と、自分と同年代のようにもひとまわりほど離れているようにも見える店員さん。赤や金のタペストリーと並んで飾られる知らない有名人のサインと写真の日付は90年代。そっけない接客(サイコーだぜ…)をしてくれる店員さんはこの写真が撮られたとき、なにをしていただろうか。もしかしてもうこの店で働いていましたか?この店名の土地はどういうところですか?奥で料理をしているひとにも聞いてみたい。そこはあなたの故郷なのですか?これはあなたが食べてきた料理と同じものですか?おいしくて安くて助かります、ごはんおかわりください。

 

 

たぶんこの先知ることはないだろうなということはたくさんある。

池袋といえば『デュラララ!!』か?『IWGP』か?おれはどっちもちゃんと知らなくてダメな気がしているけど、このままいくとちゃんと観たり読んだりしないだろうなと思う。池袋、どこから来て集まったのかわからないいろんなひとがいるけどカラーギャングはいません。西口公園は(決して開放的という意味ではないが)自由なところだし、おれもあそこでギターを弾いたり歌会をしたりしてみたい。たぶん一生しないだろうな。

 

池袋、つまり具体的な東京に来るまでは上京に過剰に物語性をくっつけようとしていたように思う。(結局こんな文章をポエティックさのバランスをとるように推敲しているいまもそうかもしれない。エモくなりたくてわざわざ赤い公園の「東京」を流しています。)

漠然とした東京イメージがあって、そこに行けば何でもあるし何か新しいことが待っていて何者かになれるというやつだ。こういうイメージはいつ/なにを読んで培われたんだろう。

もしかしたら今まで何も読んだことがなかったのかもしれない。だってそんなのひどい妄想でしかないし。具体的な東京に来てしまったからいまここには具体的なおれの実人生があり、ぼんやり想像していた姿ほどまだ変われていないおれがいる。あーそういえば新しい部屋には鏡もないなと思う。POPEYEを捨てよ東武に行こう。鏡とカーテンを買わないといけない。